説田 稔 氏
LIFETIME 店主

北大路通沿いに全面ガラス戸の店がある
店内には商品がぎっしりと並び
感性に惹かれたお客様がどっぷり浸かる
セレクトショップ あるいは 何屋でもない店
店主の個性と響きあうLIFETIME
北大路通りに面したセレクトショップとしてお店を構えるLIFETIME。しかし出発点は現在の印象とは少し異なる。2003年、城陽市にある実家のガレージを借り、花市で仕入れた花苗と、イギリスの園芸用品を専門に輸入し取り扱う小さな園芸店を始めたのが成り立ちである。最初に扱ったのはスコップやじょうろといった基本的な道具で、オンラインショップを中心に販売し、ときにはデパート催事にも出店した。植物の販売も並行して行い、暮らしの中に自然と園芸を取り入れる提案を続けていた。
2006〜2007年頃になると、為替の変動や欧米と日本の物価差の拡大が事業に影響を及ぼした。輸入品だけに頼るのは不安定だと感じ、国内ブランドの園芸用作業着や関連商品も仕入れるようになる。結果的に取り扱いは徐々に多様化し、園芸用品にとどまらない方向へ広がっていった。こうした変化は「輸入園芸用品の店」という枠を超え、LIFETIMEが独自のセレクトショップへと成長するきっかけとなった。

2013年に現在の店舗と出会い、転機を迎える。世界の国々から直接輸入した道具や日用品に加え、オリジナルブランドを含むファッションアイテムも揃えるようになった。こうしてLIFETIMEは「園芸用品店」から「暮らしと文化をつなぐ店」、へと進化を遂げている。何屋なのかは、お客様の自由な解釈にお任せしているとのこと。
音楽活動からイギリスの園芸用品に
うまくいかないことが続いた二十歳の頃には、自分の未熟さを認めることができず、つい世の中のせいにしてしまい、「日本には目標も居場所もない」と感じて海外に出たことがある。
最初に暮らしたのはアメリカ西海岸ワシントン州の小さな町。自由でおおらかな雰囲気が少し退屈だった多感な年ごろでもあり、思春期に憧れていたニューヨーク・マンハッタンに移り住んだ。そこでは世界中から来た人々と交わり、自分の内面を強く見つめ直すことになる。誉め言葉も、叱責も「あなたは典型的な日本人だね」と言われることも多く、自分の長所も短所も含めて「日本人らしさ」そのものなのだと実感した。この経験は、後に日本で「日本人が面白いと感じる西欧文化を紹介する仕事」をする上での基盤になった。
10代前半から30歳までは、本気で音楽家を目指してバンド活動を続けていた。音楽の道をあきらめ、社会人としての自立を模索する中、ちょっとした息抜き目的で、父親の趣味である家庭菜園をやってみることにした。最初は手伝いのつもりが、やり始めるとどんどん面白さに引き込まれた。通信教育で園芸を学び、花市で苗を仕入れて売るようにもなった。しかし30歳で園芸店を始めても、長年園芸を楽しむ年配の愛好家には太刀打ちできなかった。

その一方で、「良い道具が国内では手に入らない」という問題に直面する。たとえば、土を掘るスコップ一つでも、日本製にはない形や使い心地を求める声が自分自身の中にあった。そこでイギリスの園芸用品を輸入してみたところ、同じように「欲しかった」と共感してくれる人がいた。楽器と園芸道具は「使い手の個性を引き出す道具」という点で共通しており、その感覚が自然につながった。園芸業界の中で同じ発想をする人には出会うことはなく、「これは独自のカテゴリーを作れる」と直感した。2003年の開業以来、2012年ごろまでは本格的にイギリスから輸入を続け、店の基盤を固めていった。
イギリス文化と道具へのこだわり
13歳ではじめてビートルズを聞き、イギリス文化にのめり込み、やがて他の海外文化に興味を持つようになった。イギリスは庭の文化が生活に深く根ざしている。イングリッシュガーデンは貴族のものではなく、むしろ庶民的な庭園文化である。京都には「京都アンダーグラウンド」と呼ばれる特有のカウンター精神が宿っており、フランスの貴族的な庭よりもイギリスの庶民的な庭に強く惹かれたのも、そのせいなのかもしれない。

10代から欧米の音楽やファッションに憧れ、実際に海外に暮らした経験もある。その目を通して、いつしか「日本人が面白いと感じる西洋文化」を見抜くのが得意になり、その資質がイングリッシュガーデンを取り巻く道具やファッションへのこだわりにつながった。イギリス人はガーデニングへの愛着が強く、道具にも「個性」を求める。そのためメーカーごとに特徴がはっきり分かれ、単なる道具以上の存在感を持っていた。説田氏はその点に大きな魅力を感じた。
同時に、戦後30年間、1950年代から1970年代の工業製品にも強い関心を抱いていた。モダンジャズやサイケデリックロックに傾倒する中、当時の工業品への憧れが強くなっていた。資本主義経済や自由解放への思想が高まる当時、製品はコストを惜しまず作られ、個性的でアナログなものが多くあった。1990年代中ごろまでは円の価値も高く、海外に行きやすい時代であったため、実際に欧米の文化やアナログな工業製品に直接触れることができた。オタク気質も加わり、その経験と知識が強みになるのではないかと、誰も取り扱わない分野に特化した結果が、イギリス園芸用品だった。
店名 LIFETIME
屋号「LIFETIME」には「生涯」という意味がある。人生は一度きり。自分らしく生きていきたい。そんな思いから、青春時代に憧れたニューヨークのバンド、トーキング・ヘッズの名曲『Once in a Lifetime』にちなんだ店名にした。


扱うのは生活日常用品であり、過度に高尚な説明をすればお客様はかえって引いてしまう。自分自身は商品やブランドについて深く学んでいるが、それを一方的に語るのではなく、聞かれたら答える程度にとどめる。基本的には「見た目がかわいい」「かっこいい」で十分だと考えている。興味があるお客様は必ず尋ねてこられるので、その時には惜しみなくお伝えしている。
創業当初は寡黙でとっつきにくい印象があったが、最近では「親しみやすくなった」と言われる。店頭ではお客様がどんな暮らしをしてきたのか、どんな趣味を持っているのかを聞きながら、その人に合った商品やブランドを提案する。単なる物売りではなく「土産話」を提供するような感覚である。その結果、お客様との関係は長く続き、深まっていく。
コロナ以降は特に、小さなブランドや距離の近い作り手の商品を扱う機会が増えた。有名ブランドは大手企業の方が得意であるため、LIFETIMEはむしろ「作り手と共に育てる関係」を大切にしている。京都という地方都市で営む小さな個人店だからこそ、その役割を果たす使命感を持っている。
お店の立地
町中に店を出せば来客は多いが、落ち着いて話す時間は取れない。今の立地だからこそ、一人一人とじっくり向き合える。売上はネットショップで補えるため問題はなく、むしろこのスタイルが合っている。
お客様との会話は商品説明にとどまらない。歴史、文化、音楽、ファッションなど多岐にわたり、まるでサロンのような空気になることもある。

ネットで買える商品をあえて店で購入する人は、背景や物語を求めている。その期待に応えるため、ブランドの成り立ちや裏話を伝えると、満足度はぐっと高まるようである。
立地選びにおいてもっとも重要だったのは「住みやすさ」である。京都人は伝統を重んじながらも、新しいものや外の文化を積極的に取り入れる。そうした風土に馴染み、観光地化していない静かな地域を探した。京都人だけでなく、他府県からの移住された人も、外国人にも住みやすい風土。西陣で機織りを営んでいた母の実家があったこともあり、この地域に縁を感じて決めた。
近年は、同じ北大路通に現代美術ギャラリーや音楽スタジオも近所にできて、海外文化を感じられる場が増えている。紫野は伝統に培われた静けさと、外への好奇心が同居する稀有な場所であり、その魅力はますます高まっている。
京都感
京都は世界中から観光客が訪れる。しかし、グローバルな思考はむしろ後退していると感じている。資本主義の弱体化や人々の保守化が進み、外へ踏み出す力が弱まっているから仕方ない側面もあるが。本来、京都人は新しいものや外の文化を好む。伝統や京都の歴史を受け継ぐ人はたくさんおられ、もちろん最大限敬意を払っている。私生活では日本のものもたくさん愛用している。
また、京都で育まれてきた表の観光文化や伝統文化の“裏側”にある、実験的でカウンター的な文化が根付いている風土もある。権威や伝統へのカウンター精神を持ちつつ、同時に伝統から学ぶ柔軟さも持っている。伝統を受け継ぐ人々への敬意を払いながら、外の文化を紹介することもまた大切な役割である。それこそが京都・紫野で事業を営む面白さだと考えている。
今後のお店の方向性
50歳を超え、新しいものを生み出す感性は若い世代に敵わないと感じる。しかし20年以上積み重ねてきた知識や経験を、時代に合わせてアップデートしていくことはできる。音楽と畑仕事に救われた半生であったからこそ、その二つに恩返しをしたいと考えている。
園芸用品を単なる道具としてではなく、その周りに広がるサブカルチャーとして提示したい。たとえばパンクロックに付随するファッションのように、二次的に派生する文化を大切にしたい。どんな時代が訪れても、京都アンダーグラウンドのカウンター精神を忘れずに、魅力あふれるものごとをお届けしたい。
ここまであれこれと多くの想いを込めてきたとはいえ、表向きは「何屋でもない店」あるいは少しマニアックな「セレクトショップ」であり続けたい。好奇心をくすぐるような商品が並び、園芸用品店の先入観を覆すような「いたずら心」溢れた仕掛けを楽しんでもらいたい。
基本情報
■ LIFETIME
- 住所 〒603-8221 京都市北区紫野上築山町21(1階と2階)
- 交通 京都市バス「大徳寺前」より下車すぐ
- 定休日 水・日曜(最新情報はHPよりご確認ください)
- 営業時間 12:00~18:00(12月~2月末までは13時~17時)(最新情報はHPよりご確認ください)
- URL https://lifetime-g.com/