町家の特性を生かしたとても魅力的な空間と
その空間の真ん中にしっかりとたたずむ店主が
素敵な時間を提供しているカフェ&セレクトショップSTARDUST

京都と出会う

東北大震災を契機に京都に移住し、日本の美意識に目覚める。

清水さんの個性はこれまでの人生遍歴で培われる。ご両親の海外赴任に伴って滞在したオーストラリアで、ワーキングホリデーで滞在中の御主人と出会い、1年間、オーストラリア各地を旅する。その後、ご主人はビジネスカレッジに入学するためにアメリカのバークレーに移り、バークレーで結婚生活、子育てが始まる。その後、サーファーであるご主人はウェットスーツのブランドを立ち上げることになり、7年間のバークレーでの生活を切り上げて、ご主人の実家である仙台に移る。

それから11年間、清水さんは子育てをしながら、友人のカフェ&セレクトショップの店の手伝いをする中でお店の経営など様々なことを学ぶ。そして、自らの店舗兼自宅の建設を始めた途端に、東北大震災が発生。海沿いに建設中だった建物は基礎工事が済んだばかりで、準備していた建材などが流されてしまう。その時に住んでいたのは山沿いのエリアでもあり、たまたまが重なって家族全員が無事。

原発がどうなるか分からない時期であり小学校6年生と高校1年生のお子さんもおられることから、とにかく西に出ようということで、縁のあった京都に来ることになる。京都府は被災地に居住する者であれば誰でも受け入れていただき、伏見区桃山の公務員宿舎だった団地で3年間生活する。

京都に来てからも、日本に見切りをつけて海外移住を検討していたが、京都で暮らすうちに癒されていく。千年の都のあった京都は独特の雰囲気を持ち、日々、守られているような感覚を肌身で感じると同時に、日本の美しさを再確認させられる。意識的に古いものを残そうとする京都人の価値観や日本文化の本当の美しさに気付かされ、日本が嫌いだった自分が癒されていき、京都だったら暮らしたいなと思うようになり、お店を始める気持ちになる。そう思ったその日に、友人と町家の花屋に個展を見にいくと、その隣が空いているという情報を得て、この店と出会い、運命的なものを感じる。

欧米で生活をして日本に帰ってくると、日本の良さを捨てて、欧米の文化に追随をしようとしている姿勢に疑問を感じた。その点、京都は古いものをしっかりと守っているからこそ海外の文化と対等にコミュニケーションできていると実感する。出会ったこの京町家はそれらを体現する大変貴重なもので、ここで何かさせていただくことは幸せなことだと思った。

SATRDUSTと出会う

京都で出会った写真家の友人がトランジットという旅を通じて世界の美しさを伝えるトラベルカルチャーマガジンでしばしば写真を担当していた。たまたま、彼女がデンマーク特集の仕事を担当することになり、もともとデンマークに興味を持っていた清水さんに、一緒に取材に行くことを提案した。清水さんがライターとなり友人が写真を撮るというプレゼンテーションが編集長に採用され、デンマークに取材旅行に行くことになる。ハピエストカントリーと呼ばれるデンマークの首都コペンハーゲンの真ん中に50年以上存続するクリスチャニアという自治区の取材に行くことが目的であった。住民が自らルールを定めて自らその地区を維持しているユニークなコミュニティを取材する。

デンマークに興味を持つことになったきっかけは、チェルノブイリの原発事故の10年前の1975,6年に国民投票で原子力政策をノーと決めたことにあり、国民の意識の高さに魅力を感じ、その意識の高さはどこからやって来るのかという謎を探るための取材に訪れる。何故かを問うためにクリスチャニアを中心に取材し、たくさんの感動を得ると同時に多くのことを考えさせられる。そして、デンマークを始め北欧の思想の原点が17世紀のアンデルセンの時代の哲学者グルントヴィの提唱する教育改革に端を発することを学ぶ。そして、その取材の成果を本にしようということになる。

同時期に、トランジットのロシア特集の仕事が入った。「人間と花」というテーマで友人の写真家と一緒に取材することになり、サンクトペテルブルグや男性修道院を回った。当時、報道ではロシアは今にも戦争を始めようかというような危ない国という印象だったが、行ってみると全く違っていた。ヨーロッパ最大の湖、ラドガ湖の島にあるヴァーラム修道院は、男性修道院で多くの人が訪れる巡礼の地であり、革命前後も苦難の道を歩いてきたロシアの人々は踏まれても踏まれても起き上ってくる花のようだなと実感する。多くの親切な人、素敵な人との出会いに感動しながらロシアを離れた。数日後に出版のための追加取材でデンマークのクリチャニアを訪れた後、コペンハーゲンから少し離れたあるエコビレッジにも足を運んだ。その時にスターダストガーデンと出会う。そこは、一人の女性が何もない荒れ地から作った庭で、彼女が、「植物たちは地上の星だ」と話してくれた。その時、宇宙物理学者の佐治晴夫先生から「宇宙の橋が爆発した時に星屑になるでしょう。その星屑を形成する成分と人間の体を作る成分が同じなんです。だから、人間て星屑なんですよ。」とお聞きしたことを思い出す。人間は花だ、花は星だ、と思った時に先生の言葉が清水さんに降りてくる。

ちょうどその時期に、京都だったらもう少し日本に住んでも良いな。京都でお店をやりたいなと思っていたので、お店をやるんだったら、名前はSTRADUSTにしようと決める。

その後、このお店を開店して忙しくなったので、ようやく2年前に出版。タイトルは「クリスチャニア 自由の国に生きる デンマークの奇跡」。

STARDUSTを始める

2014年秋にこの京町家と運命的に出会い、すぐに出店を決め、12月から改修工事に取り掛かり、2015年7月7日にオープンする。

バークレーに住んでいる時から言論の自由、アートの感性、他を思いやる感性などの影響を受け、オーガニック食材を取り入れたり、環境のことを考えるのが当たり前だった。日本では、国民の議論無しに原発政策を進め、原発事故後も何も変わらない。仙台に住んでいる頃には小さな勉強会を開きながら、主張することを考えてきたが、京都に来て、クリチャニアを取材しSTARDUSTガーデンを見た後は、批判だけするのではなく自分たちで変えていくしかないと考え方を変える。お店を自分なりの表現の場にしよう、本当に美しいもの、大切なものを伝えていく場にしよう。人間は星屑であるということが、お店で表現する中心の考え方にしてお店を開く。

お客様にはお茶でも飲んでもらいたい。お茶を飲んだらきっと食べたくなるかな。そして、清水さんはお肉を食べないので、いろんな人が食べに来れるようにビーガンにしよう。そういう制限の中でお料理を作るのも楽しい。とうことでカフェのスタイルが決まる。お茶の中心は仙台時代から付き合いのあるフランスのCHA YUANという紅茶のブランドで、その他にも、アメリカでは知る人ぞ知る紅茶キノコの発酵ドリンクであるコンブチャなど身体に優しいドリンクが並ぶ。

また、昔からの友人がブランドをやっていた。アメリカのブラック・レインは日本人の友人のブランドで、是非お店に置きたいと思う。そのため、物販のスペースも充実させた。友人だけではなく清水さんが良いと思ったいろいろな人の作品が並ぶ。

まもなく4年目になるが、緩やかな感じでお店が機能してきた。お店は表現の場ということで、様々なご縁で色々な人に来ていただき、関わっていただき、楽しく過ごしている。

全国各地、世界からのお客様が静かな時を過ごし、ありがとうと帰っていく。「私たちは星屑だ」ということを世界中の人たちに伝えることが仕事だと思って仕事をしている。”You are stardust on the earth – a beautiful piece of the universe.”スタッフ全員が友人で、支えあって仕事をしている。

空間は思想を表す

お店はカステンデザインの池永誠之さんという建築家に出会って、ともに作り上げた空間である。通り庭に面する壁はお気に入りで、あまりきれいに修復することなく、経年の土壁の美しさを見せている。店の壁面には、和紙が貼ってある。池永氏の奥様の父上が壁紙貼りの職人で、和紙を綺麗に貼るのは職人でなければ困難であるという意見にDIYをあきらめ、青紫系の3色の紙をパッチワークのように見事に貼っていただく。あちこちで集めてきた古い家具とも相まって独特の雰囲気を醸し出している。