手描きのお菓子の看板に惹かれて店に入ると、

素朴で優しい味のお菓子に出会える地域のお菓子屋さん

京都市紫野障害者授産所

正式名称は京都市紫野障害者授産所という。京都市内で最初の身体障害者授産所として1981年12月に開所した。授産施設とは、障害者の方の働きたいというニーズに応え、仕事を提供する施設である。当初は身体障害者を対象としたが、法改正により、2011年4月に多機能型事業所に移行し、現在は就労支援B型事業所「さくさく工房」と、生活介護事業所「菜の花」として、事業を行う。運営は社会福祉法人・京都総合福祉協会が行っている。通常の事業所に雇用されることが困難な利用者に就労の機会を提供すること、利用者が生き生きと生産活動を出来る作業の提供を行うことにより、自信と誇りを持って社会生活を営むことを基本方針としている。

今回は製菓部門を中心に所長の井上さんにお話を伺った。

さくさく工房の歩み

施設は1981年に開設したが、さくさく工房ができたのはそれから11年後の1992年のことである。それまでは、軽作業をメインとして活動していた。活版印刷や、古物商許可を得て、古い傘などを修理して販売していたこともあったという。現在、このような事業は行っていないが、その活動の傍ら始まったのが、菓子製造だった。家庭用のオーブンから始まり、今よりも小さい規模で菓子製造がスタートした。当時は、事業所が赤字だったこともあり、その補填をしたいという思惑もあったようだ。

現在のように店舗はなかったため、製造した菓子は利用者が京都市内へ飛び込み営業で販売していた。早朝から生地を作り、日中は市内へ行商をする。発足当時から在籍していらっしゃる利用者さんからは当時の苦労話を聞くこともあると井上さんは話す。1996年には菓子製造部門をさらに強化するため、業務用のオーブン等の機材が導入され、2001年からは店舗ができて、現在に至る。

さくさく工房には現在、16名在籍し、平日の9~16時の間で作業されている。利用者は10~60代と幅広い世代を抱える。京都市各地から通所されている。ほとんどの方は公共交通機関(バス)で通っている。元々は身体障害者を対象とした事業所だったが、現在は知的障害・精神障害など、医学的な分類の垣根なく利用者を受け入れている。中には30年以上在籍している大ベテランも。利用者一人当たりの平均は2万3千円程であり、在籍期間は長い方が多い。

製造、袋詰め、販売などは利用者の方が作業を行い、職員は受注や発注等のマネジメントを行う。午前中に製造を行い、午後から袋詰めを行っている。焼き菓子の製造はほとんど手作りで行われている。全ての工程は作業者自身が行い、職員はあくまでアドバイザーに留まり、運営している。

生活介護事業所「菜の花」

京都市紫野障害者授産所では、「さくさく工房」の他に、生活介護サービス「菜の花」の事業も行っている。さくさく工房を利用する中で、利用者の方の中には高齢になり、体が動きにくくなったり、自ら通うのが難しくなってくる方がでてきていた。そのような方々の就労支援の次のライフステージをサポートする事業が必要と感じ、新たに「菜の花」が併設された。こちらは送迎付きであるため、自ら通うのが難しくなった利用者でも継続的に通所ができる。活動内容も利用者の得意な作業を活かしての雑貨の商品開発等の生産活動、芸術に触れる創作活動や外出や施設利用等の余暇活動などさくさく工房とは異なる。利用者が自己選択や自己決定ができる環境づくりを大切にして、外出や余暇活動を通して日常的な経験の機会提供、生産活動を通しての社会の一員として働く喜びを得られるように支援を行っている。さくさく工房の店舗の一角には菜の花の利用者が作った雑貨が並ぶ。

地域の中のさくさく工房

さくさく工房の焼き菓子は、近隣住民によく親しまれている味である。

店舗だけでなく、近隣のカフェやお弁当屋さん、イベント等様々な場所でさくさく工房さんの焼き菓子が販売されているところを見かける。店舗には大徳寺一久さんの大徳寺納豆を利用した商品も。積極的に外部と連携し、販売を行い、アクティブに活動されている印象があるが、外部から声をかけてもらって焼き菓子を置いたり、商品開発を行うことがほとんどだそうだ。

さくさく工房は北大路界隈の企業や商店街を中心に組織している北大路テラスネットワークから誘いを受け、加盟している。その繋がりから、焼き菓子の原材料を仕入れたり、下請作業の受注依頼があることもある。また、たまたま、さくさく工房でクッキーを手に取った方が店舗の責任者で、ぜひ自身の店舗に置いてほしいと依頼を受けることもあるようだ。これもさくさく工房の焼き菓子が美味しいゆえのコミュニティの広がりである。当初は店舗、幼稚園や保育園の卒園式にお子さんに渡すクッキーの受注の売り上げが中心の収入であったが、外部との提携が増え、定期的な卸先が複数できたために売り上げの柱が増えた。そのため、昨年度は売り上げが前年度よりも上昇。ボーナスを支給することもでき、利用者の手取りも増えたという。引っ張りだこなさくさく工房だが、生産能力は限界に近く、新規の受注も難しくなってきた。ほとんどの作業を手作業で行っているため、これ以上生産数を増やすとなると、機械を入れるほかない。実際、これまでもクリスマスシーズンなど焼き菓子の需要が高まる際には残業して生産に臨むこともあった。これまで長らく焼き菓子を買ってきた常連客へもこれまで通り焼き菓子を提供したい。そのため、2024年3月からは生産効率を向上させるため生地を伸ばす機械を導入した。しかし、機械も材料を入れて混ぜるだけではうまくいかない。機械で作業するための細かい調整も必要になる。機械を導入して味が変わってしまうことも危惧されておられることである。そのため、パティシエの方に指導を受け、機械を利用しての生産ができるよう現在試行錯誤しているとのこと。

井上所長

さくさく工房の所長に就任されて8年目を迎えたという井上さん。元々は障害者支援の仕事ではなく、社会人1年目は保育園にお勤めされていた。障害者支援の世界に飛び込んだきっかけは、その時、受け持ちをされていた年長のクラスに2人障害のあるお子さんがいたことだったそうだ。井上さんが在籍していた1年の間に卒園したが、この子たちは今後どう生活をしていくのかということが気になった。自身の人生を振り返っても、小中学校では支援学級があり障がいのある級友も身近であったが、高校以降は障害者との関わりも少なくなり、街ですれ違う程度。その人たちはどのように生活しているのか気になり、保育園を退職し、京都総合福祉協会へ就職。元々、保育園に勤めていた時代も職場から許可を得て、障がいのある方の生活をサポートするヘルパーのアルバイトをしていた。受け持った2人のお子さんたちが生活を地域でどのようにしていくのか理解を深めることができ、それを本業に選ぶこととした。京都総合福祉協会に就職してからも、ヘルパーの事業所に12年在籍し、主に外出や余暇のサポートをされていた。学校や仕事への行き帰り、休日の外出の同行のサポートがほとんどのため、勤務は朝夕や土日祝がメインで今の勤務スタイルとは真逆だった。さくさく工房の所長には人事異動で就任し、現在に至るという。

日常のサポートから、就労のサポートという異なるサポートを行うことになり、当初はカルチャーショックを受けた。今までは、利用者と一緒に日常を楽しむ要素もあったため、親近感を感じてもらえるキャラクターでコミュニケーションを取っていたが、さくさく工房は仕事を行う場。そのギャップで気持ちの切り替えが難しかった。初日、その場はシーンとしており、仕事中も私語がなかったそうだ。それまで利用者の方とは楽しく話をしたり、様々なことをしていたため、とても驚いたそうだ。さくさく工房の所長に就任されてからは、マネージャーとして利用者の方にアドバイスや業務管理などのマネージャー業と施設の管理を行っている。

むらさきエリアの印象

井上さんに、所長に就任して以来のむらさきエリアの印象を尋ねると、すごく気にかけてもらっている印象があると言う。建物の壁に蔦が伸びていると教えてもらうなど日常的なことから、施設のガレージを利用して行われる地蔵盆に施設の利用者さんも混ぜてもらうなど、地域のあたたかさを感じるそうだ。さらに、近隣の商店は一緒に何か作っていきたいという思いの強い方が多い地域だと言う。何百年もの歴史を持つ老舗にも、開設して40年ほどの施設が受け入れられている。こうした懐の深さは新旧入り混じるむらさきエリアならではの空気と言えるだろう。こうした空気感と、さくさく工房の美味しいクッキーが相まって、前述した様々な交流に繋がっているようだ。

今後の展望

現在は、リニューアルオープンに向けて準備をしている。

さくさく工房の店舗前には大きな木のある庭がある。この庭を有効活用したいと考え、庭の整備を中心にリニューアルを進めていく予定だ。現在は人が気軽に集える状態ではないが公園のように過ごせるスペースにしたい。店の内装や陳列ももっとお菓子屋さんらしくしていきたいと考えている。

この改装は、様々な人が立ち寄りやすい場所になってほしいという思いから計画された。スタッフの方々にとって、さくさく工房は、市民と障害のある方がつながることができ、コミュニケーションが生まれるいい場所だという思いがある。ここを通りかかる人、地域住民にとって、より立ち寄りやすい場所にしていきたいと井上さんは語る。

最初は店の中の改装をしていくつもりであったが、もっと立ち寄りやすい場所へという思いから、どんどん改装の中心が外へ向いていった。現在、活用しきれていない店舗の前の庭を整備し、店と庭の境界を曖昧にして、子どもさんが庭で遊んでいる間に、親御さんが買い物したり、庭でお菓子を食べたりできるようにと、より空間を広く使える店舗にしていく。また、庭で定期的な催し物等を行って、行きかう人が立ち寄るきっかけを作る場にもしていきたい意図もある。現在、併設されている図書館・児童館を含め、施設内にはバリアフリーのトイレ・授乳スペースやおむつ替え台がない。そのため、店舗内にあるトイレを多くの人にとって使いやすいトイレへ改装を行うことを決めた。

リニューアルオープンの予定は2024年秋ごろ。

地域から愛されるお菓子さんのさくさく工房。秋にはどのような変貌を遂げるか、今から非常に楽しみである。

基本情報

■さくさく工房

  • 住所   〒603-8214 京都市北区紫野雲林院町44番地の1
  • 電話    075-492-8821
  • 交通   京都市バス「大徳寺前」停 下車 徒歩3分
  • 定休日   土曜、日曜、祝日、年末年始(最新情報はHPよりご確認ください)
  • 営業時間 9:30~16:00(カフェLO 17:30)(最新情報はHPよりご確認ください)
  • S N S   https://www.instagram.com/sakusakukoubou/
  • U R L   https://www.sogofukushi.jp/facility/murasakinoj/