平野拓也デザイン事務所
代表 平野 拓也 氏

猪熊通北大路下るにあるテラスハウス通路の奥
ドアを開けると不思議な空間が広がる
1階はギャラリー、交流スペース
2階はデザイン事務所
デザインを武器に社会との循環を目指す空間である
平野拓也デザイン事務所

平野さんはディレクター兼グラフィックデザイナーとして活動しながら現在、美術大学で教育に携わってもいる。その活動の延長線上で、より実践的な社会活動のスタディの場として「北に上ル」に取り組んでいる。授業受講者の学生等に声をかけて、主に京都の中心ではない北のエリアの文化を考えていく活動である。参加している学生は京都の美術系大学の学生が中心であるが、現在は声をかけた学生以外の学生や社会人も応募してくることが増えている。

本業のデザイン事務所としては、それこそ、デザイン領域の仕事に留まらず、各種相談を引き受けている。往々にして課題解決の仕事は、最終的にビジュアルやカタチに落とし込むことが重要なシーンが多く(カタチにならないものも大事な時ももちろんある)、その総合的なマネジメントを行っている。その課題に関してリサーチし、課題を抽出し、解決の方向性を決定し、プロジェクトに落とし込む。そして、そのコンセプトを策定して、生産、広報を含めてプロジェクトを成功に導く。
課題解決の糸口を探すことが得意である。複雑に絡まった糸をほぐし、自分自身がよく分からないことでも、クライアントに正直に分からないと言って一緒に考え、コンセプトメイクをし、そのプロセスを楽しむことができる。時には時間がかかることでもできるだけ楽しむ。イラストに関してもいまだに手描きである。細かく手を入れてクオリティーをあげることが好きである。自分の分野以外のことも、調べたり勉強して知見を広げることも苦にならない。
けれども、デザインの範疇以外も色々とやっている人=何をやっている人か良く分からないと言われて、親密にやり取りをする人以外は、何を頼んで良いか分からない人になっているとのことである。

ただし、その分、仕事のやり取りを重ねたクライアントは、リピーターとなることが多い。最初は、デザインの仕事を依頼されるところから関係が生まれて何度か一緒に仕事をしていると、平野さんのキャラクターや考え方を理解してもらい、ディレクター的な仕事の依頼に変わっていくことが多い。まずは相談、お話をして、何ができるか、何をすべきか(しないべきか)を提案する。
北大路の新事務所に移ったばかり。イベントや展示、WSなどのオルタナティブスペース「デリカデッサン」も準備中で、門戸をより開いていくとのこと。
平野拓也
平野氏は、1987年に茨城県で生れ、東北芸術工科大学を卒業後、東京藝術大学大学院に入って本格的にグラフィックデザインに取り組む。大学院修士課程在学中から、本の装丁を手掛けるアリヤマデザインストアに勤務して数年修業をした。 その事務所を辞めた後、なんでデザインをしているのかという疑問を持つようになり、身体を動かしたいと思うようになる。1年位、土木作業員や工場労働者として働くと、もう一度デザインに取り組みたいと思うようになり、デザインに取り組む軸がしっかりとしてきた。
ただ、良いデザインをして、社会的に評価されるという自分の承認要求を満たすためだけのデザインは違うと思うようになった。肉体労働をして、今の自分は大勢の知人・友人だけでなく見えない人々に支えられて存在していることに気付く。コンビニの弁当やケーキが大変な苦労で出来ていること。

道路も深夜、人知れず改修してくれている人たちがいること等を身体で実感する。そして、直接的に社会に貢献できることをしたいと思うようになったタイミングで、大分県産品のブランド化事業をやらないかという声が掛かった。最初に大分県とは何かを見つけるために数か月間、仲間と一緒に県内を回って農家とか事業者などいろいろな人に会って話をお聞きした。大分県を言語化して、50品目のブランドを制作した。取材、選別、交渉、デザイン、編集、生産、広報という一連の作業を仲間で実施する。その時には、ブランディングだと考えてやったわけではないが、身体でブランディングの大切さを知り、地域におけるデザインに目覚める。
その後、母校の東北芸術工科大学から「芸術祭やるから手伝わないか」とお声が掛かった。行ってみると、デザインではなく運営のお手伝いであった。運営の事務作業が終わった夜に、事務作業に伴うような細かいデザインの作業を行っていた。それでも睡眠時間を削りながら集中して取り組む。
神戸のクリエイティブディレクターに
その後、知り合いから神戸市に「クリエイティブディレクター制度」があることを教えられた。その時には消費されるデザインの仕事に限界を感じていたのと同時に、行政の業務とデザイン的思考がマッチするのではないかと考えて採用試験を受けて採用された。制作物のクオリティを最も評価されたが、それまでやってきたことが神戸市の考え方に沿っており、血が通っているという採用理由であった。

3年度契約でいろいろな仕事をする。神戸市役所の様々な部署からの相談を毎日4~5件ほど受けてそれに応えていた。例えば広報課からはこの施策の広報をどのようにしたらよいかとか、審査会の審査員に入ってほしい、ごみ収集の仕組みの改善方法、子どものワークショップの運営など…多様な相談に対応した。急に、責任の重いクリエイティブディレクターというポジションをいただいたが、中途半端な対応ではいけないと思った。3年間で300件くらいの相談に応じ、全力で駆け抜ける。北区や西区、垂水区など神戸市の中でも郊外を担当することが多く、その地域活動の潤滑油になり、目に見える成果が出たなという実感を得られた。課題の言語化や複雑に絡み合っている問題を解きほぐして、解決の方向性を早い段階で提案できるようにもなった。その場で提案できない場合でも、中長期的な解決の道筋を提案できるようになる。民間の仕組みと行政的な視点を融合させていくこと等、勉強になった。

人の3倍勉強して、人の3倍遊ぶことをイメージしながらも東北の雄大な自然の中にある大学でのびのびと学部時代を過ごす。そして、外の大学を見たいと思って東京藝術大学の大学院に入った。在学時に書体や文字組に関心を持ち、書籍の世界に領域を広げ、その後、地域や行政など、さらに神戸をはじめとした様々な都市、自治体での活動に携わっていく。こうして領域を広げることは簡単だが、その後、継続していくことが大切で、そのプロセスが大事であるとのこと。一方で基礎も大事で、未だに基礎を勉強している。大学で学んだ文字組やレイアウト、色彩などの技術、デザイン的思考やデザインの歴史であり、さらに専門性の外側にある、そこから広がったアート、文化、民俗、環境…などに歴史や専門領域がつながっていく。
さらに「北に上がっていく」

平野さんのこれまでの活動の中で、講義や授業だけでなく、地域系のデザインの仕事の中で学生や子供たちと共に活動することも多い。学生系のプログラムは肌に合っているなと感じるようになっていた。単純に楽しく、未来も感じられ、学生との触れ合いは時代感覚も感じることもできる。神戸市クリエイティブディレクター任期満了を迎えたタイミングで大学の講師業の話や京都での仕事の依頼も増えたことも重なり、期に「北に上ル」を始める。
まず最初は「北に上ル」という活動自体を認知してもらうために、たくさんの方々にお話しできる取材取組が良いのではと考え、地図や本を制作することとした。最初は怪しまれて取材を断られることもあるが、それによって、このエリアの表層や構図が垣間見えたりする。けれども継続的にお付き合いをすることによって、地域との関係性ができ、成果が積み重なってくる。そうすると、次にできそうなプロジェクトが見えてくる。
まずは、毎度参加する学生に何をしたいか聞く。インターンを希望する学生に3~4時間面談をして、日常のことから将来何になりたいかいろいろ話をし、「北に上ル」で何をやりたいかを聞くこととしている。そのうえで、平野さんのアイデアとの学生とのマッチングでプロジェクトを決めている。学生から本気でやりたいという提案があれば、それも受け入れている。デザイン、クリエイションに於いて大事なのは能動的な創造力。それをスタディとして学ぶためには、押し付けるのではなく、自ら考える力をできる限る尊重するようにしている。ただし、このプロジェクトは社会的な課題を企業や市民などど実際的に行いつつ、クオリティも重視しているので、その分、プロジェクトには真摯に向き合ってもらっている。また、地域デザインにおいては、次につながるか明確ではないものでも、とりあえずやってみるという姿勢も重視しながら活動している。 毎年3~5名が参加してくれていて、今年度は、10名程度で9つのプロジェクトを同時に走らせている。学生のスピードでやっているので一つのプロジェクトを完成させるのに早くて3〜4か月、長ければ1年位かけている。

まずは、学生のスタディの場になることを目的としている。大学で学ぶことも貴重であるが、地域の人たちと直接やり取りすることで、社会とのつながりや関わり方を学んで、実務的なことをやってみることで学生は成長する。次に、地域に役立つことをすることを目的としている。もうひとつは、プロジェクトの成果として必ずカタチにすることとしている。ワークショップやイベントなどカタチにしないことももちろん行うが、それらを目的にするのではなく、その結果を必ずカタチあるものにすることにしている。そして、必ず社会実装をすることとしている。例えば、プロジェクトのひとつに京都の北エリアのお土産を複数制作するということを進行している。初弾として「北山杉の箸」であり、企業や北山杉の組合と協力して制作しており、今後商品化をすることとしている。学生のデザインでそのプロトタイプもできている。
こうしたプロジェクトを進めていくうえで大切にしていることは学生を消費しないことであり、そのために、しっかりと学生に付き合い、それぞれの学生がプロジェクトが一旦、区切りがついてからも継続できる関係性をつくることを心がけている。例えば、制作したものを作って終了でなく、広報や販売、ネクストステージにトライするなどである。最初に制作した地図も刷新版に取り掛かっている。 「北に上ル」に限らずインターンに参加した学生から数年後、卒業してから連絡が来ることが時折ある、「今はデザインに関わる仕事を楽しくやっています」などの話を聞けると嬉しい。さらには、「一緒に仕事をしましょう」と活動が循環し、いつか一緒に仕事できたらうれしい。けれども、そこを目指しているわけではない。学生と活動している時は、ひたすら学生の成長を願って接している。
京都、むらさきエリアへ
神戸市のクリエイティブデザイナーの仕事が終了してからも神戸で仕事を続けていたが、京都の美術館や文化関係の仕事の依頼が増えてきたタイミングで京都芸術大学から非常勤講師の依頼があり、パートナーの都合も合わさって2021年から京都で暮らすようになる。 最初は、自宅兼事務所であった。町家の狭い家だったので、その中でデザイン業やパートナーの仕事もあり、学生の出入りも多いので、活動拠点を探していたが、ようやく2026年1月に現在の事務所をオープンした。

この事務所は、道路に面してなく見つけにくいが、奥まっていることを利用してできることもあるのではないと思っている。そのため、2階を事務所とし、1階を「DELLICA DESSIN(デリカデッサン)」という名称にして展示やイベントなどのオルタナティブスペースの運営準備中である。
最初に神戸から京都に引っ越す際に、四条や丸太町エリアの中央でなく端の方に拠点を構えたかった。神戸市でも三宮界隈でも賃料が安いので借りることはできたが、山裾に住んでいた。生活と仕事の境目が曖昧なので、その暮らしのスタイルと馴染む場所を探し、京都市内で物件を4か所ぐらい見て、むらさきエリアに決めた。とにかくむらさきエリアの空気が良かった。(左京区の一条寺界隈は文化的な営みが完成されていたので、平野さんがそこのコミュニティに入る必要が無いと感じた。)むらさきエリアにはそういう意味で隙間があって住みやすそうであった。人間関係もそうであるが、結果、蓄積されたものが現在であり、自宅や事務所をこのエリアに構えたことも、そうした暮らしや仕事の積み重ねの結果であるとのこと。
むらさきエリアは暮らしの上では人間関係がフラットで心地よいが、仕事となると、もう一歩、踏み込んでデイレクションやデザインの相談をしてもらえていないので、ある程度の反応が欲しいとのことである。(ただし、このエリアでは道端で気軽に挨拶ができるし、平野さんも得意であるので、そうしたコミュニケーションを入り口として仕事に繋がるとも思っている。)
今後の展望

現在、平野さんの活動は、「北に上ル」と業務が切り離されており、仕事の余剰分で「北に上ル」活動を継続している。この双方がくっつくと相乗的な循環がうまれるかもしれないが、現時点ではそれができていないことが課題であると思っている。でも、無理にすることでもない。できれば10年くらいは、この活動を継続していくつもり。30歳代半ばまでは勢いでやれていたが、最近は、その取り組みの継続性を持たせるためには、ただ学生さんに時間を取ることだけでなく、その結果が地域に還元されて、さらにそのことが自身の仕事に反映していくような循環を意識するようになっている。
平野さんは「次につなげること」を目指している。世代、環境、人であれ、次につなげることを意識し、どんな種類の仕事でも取り組んでいる。専門外の仕事でもその分野の専門家と一緒に取り組み、平野氏自身はアートディレクターという立場で仕事をする。「北に上ル」もそういう意味では世代を超えて次につなげることである。年をとってもこうした仕事を続けられる人でありたいとのこと。
現時点で、このむらさきエリアの痕跡や象徴となるお土産がイメージできない。そこで、「北に上ル」の活動で、これまでの文化的な蓄積や、プロダクトの成果を活かしながら、この街のお土産として持って帰れるものを制作し、持って帰ってまた思い出してもらい、できればファンになって、また来てもらう理由にしてもらう取組を仕上げたい。

本業で一番やりたいのは、昔からずっと本のデザインであり、最近は京都の出版社からもお声がかかるようになったのはうれしい。あとは多領域にまたがるプロジェクトや一次産業、社会課題などなど価値あることはなんでもやりたい!また「DELLICA DESSIN」というスペースを展開することで、外とのつながりを豊かにしていきたい。月に一度のカフェを開催して、よろず相談会をイベント化し、積極的に交流の機会を作っていきたいとのこと。
今後のむらさきスタイルプロジェクトの活動や、むらさきエリアで活動する様々な方々と協働して、むらさきエリアの活性化の大きな力となることが期待される。
基本情報
■平野拓也デザイン事務所
- 住所 〒603-8214 京都市北区雲林院町52-8
- 交通 京都市営バス「北大路堀川」より下車徒歩2分
- 営業時間・定休日:不定休(デリカデッサンのイベントに関しては現時点ではインスタグラムにて告知)
- URL https://takuyahirano.com/
- Instagram:平野拓也デザイン事務所 @takuyahirano_design(https://www.instagram.com/takuyahirano_design/)
- デリカデッサン @delicadessin(https://www.instagram.com/delicadessin/)

